Hot Streets

アラ古希のジジイが呟く音楽の話

「白い恋人」のCMソング『シルバー・スイート・ハート』

こんにちは、make me smileです。今から40年ほど前の昔話です。

 

 

空港の売店でよく目にする北海道銘菓に、石屋製菓の『白い恋人』と言う名前のお菓子があります。

 

ホワイト・チョコを挟んだ5㎝四方のクッキーです。

 

今ではCMソングなど流さなくとも一定の売り上げはあるのでしょうが、私が20代半ばの頃には盛んにTVでコマーシャルが流れていました。

 

記憶が正しければ、北海道銘菓『白い恋人』がTVで初めて流したCMソングが、今回取り上げた「シルバー・スイート・ハート」だったと思います。

 

スキー場をバックに繰り広げられ、10秒にも満たない「スキー場を背景にした男女の子芝居」ですが、曲のサビが流れ、最後に『シロイコイビト~』と歌って締めます。

そのサビ部分が、私のツボに見事にはまったのでした。

 

f:id:rikkun2mura:20210123112719j:plain

 

1979年に発売された『シルバー・スイート・ハート』、歌っているのは山本寛太郎です。

 

当時は、レコード盤を探して買うまでの執念も所有欲もなく、そのまま時は流れていきました。

CMも新しいシリーズに変わり、「あんなCM(曲)あったなあ」と私の思い出す程度。

私の中ではそっと幕を引く程度でした。

 

 

それから何年か後、社会人になった私が高校の同級生宅に遊びに行った時の話です。

 

 

友達が「何か聴きたいのがあったら持って行っていいよ」と、ほとんど聴かなくなったレコードを数枚出してきました。

どちらかと言うと、沢田研二やアリスなどの歌謡曲やフォーク、石野真子や河合奈保子(懐かしいでしょう)などのアイドル歌手が守備範囲の友人であり、私の音楽的趣味とはそれほどマッチしませんでしたが一応チェックだけはさせてもらいました。

 

 

しかし

 

あったのです。聴きたかったあの懐かしい曲が……!

 

 

タイトルだけではわからなかったかもしれません。おまけに知らない歌手名でした。

しかしジャケットの右下隅には小さく『白い恋人』と記載があり、歌詞カードを読むと何となく聞き覚えのあるような歌詞が…。多分、恐らく、間違いなくあの歌でしょう。

 

友達は「いいよ、もう聴かないからあげるよ」と言ってくれました。

心の中で「お宝ゲット‼」とガッツポーズ…。

 

 

私は家に帰って、初めてこの曲を最初から最後まで聴く事が出来たのです。

 

 

もちろんサビの部分を中心に馴染みのある曲ではありましたが、改めて歌詞を読み、全篇通してメロディを聴いてみると、これがなかなかの優れモノ。

完全な物語、ストーリーになっています。

 

 

片思いの切ない女心、ゲレンデに咲く淡い恋の花…

ああ、いい歌…

 

f:id:rikkun2mura:20210123115227j:plain

 

あまり詳しく書くと著作法に触れますので、歌詞の要点だけお話します。

 

 

雪に心奪われ シュプールを描くあなた

 

  春になる前にセーターを編んであげるわ

 

    私の愛を編んであげるわ

 

      ああ、あなたの心を包む糸になりたい

 

 

まあ、大体こんな内容の詩です。

私は生まれも育ちも北海道。生粋の「道産子」です。

しかし、スキーは2回しか経験(それも高校の授業)がありません。

 

でも情景は浮かびます…。

当時はきっとあちらこちらのスキー場でこの曲が流れていたんだろうな。

 

 

いや

俺がスキー場の係員なら

間違いなく流すな

 

 

山本寛太郎…詳しくは分かりませんが、この曲は作詞・作曲とも本人で、シンガー・ソングライターだったようです。

 

その後、音楽業界からは完全に足を洗って、現在はフィッシング・ギア(ルアーなど)の開発や販売を行う会社の社長になっているそうです。

 

以前、レコードからCD(アナログ音源からデジタル)を作るコンポを持っていました。

この曲もデジタル化し、一応CDは作成してあります。

しかし、当時の録音技術の未熟さから、音圧が低く、今聴くと物足りません。

 

 

 

一 昨年末デジタル音源でこの曲を購入してみようと「amazommpデジタル・ミュージック」で検索しましたが、『倉橋ルイ』という女性歌手が歌っているのがあるだけでした。

 

倉橋バージョン、一応一部視聴して買ってはみたものの、テンポが遅すぎてオリジナルと程遠い。私は耐えられません。一度聴いただけですが、恐らく2度目はないでしょう。

 

Amazonの曲のレビューでは、「本当に失礼極まりない」内容を書いてしまいました。

 

 

世界中どこを探しても、正式にデジタル化された音源はないのですね。

現在オリジナルはYOUTUBEで聴く事(1番組のみ)ができます。

 

 

ちなみにレコードの歌詞カード面に「企画:(株)りぼん」「制作:(株)なかよしグループ」「山本寛太郎 問い合わせ先:(株)りぼん」と書いてありました。

 

確か「りぼん」って少女漫画雑誌でしょうかね。そういえば『なかよし』っていうのもあったような……。私の妹が小学生の時によく読んでいました。

 

 

f:id:rikkun2mura:20210126104311j:plain

シルバー・スイート・ハート、この曲はイチCMソングとしての域を超え、あのおじさん泣かせの「木綿のハンカチーフ:太田裕美」に勝るとも劣らない名曲だと思います(太田裕美ファンと言う訳ではありませんが、完全に「木綿のハンカチーフ」の世代であり、この曲が最も好きな邦楽だからかもしれません)。

 

 

この曲『シルバー・スイート・ハート』、残念ながらヒットはしませんでした。

良い歌だからヒットする訳でもないし、ヒット曲が良い歌だと言えるわけでもない。

 

人それぞれ、琴線に触れる名曲があるのだ

それでいいのだ

 

と思います。

 

ちなみに、あの吉本興業が大阪土産に「面白い恋人」と言うネーミングで、お菓子を発売した事がありました。

その後裁判沙汰(原告は石屋製菓、被告はもちろん吉本興業)にもなりましたが、結局和解し、両社でコラボ商品を発売したようです。

 

 

それでは、今回の話はこの辺でお開きと言う事で…

 

 

 

 

 

修学旅行とジェネシス、スティーリー・ダン

こんにちは、make me smileです。

 

一見、何のつながりもないようなタイトルですが、これは

修学旅行から戻って来た日、ジェネシスとスティーリー・ダンのアルバムを買いに出かけた

と言うことです。

 

 

全てが「一日のズレ」でした。

実際、帰ってきたのは翌日、買ったのも翌日です。

何故そうなったのかお話します。

 

今から約45年前、高校の修学旅行へ行きました。

正しくは見学旅行だという物らしいのですが、それは60歳を過ぎて知りました。

正確な日時はもう記憶にありませんが1週間くらいの日程で京都・奈良方面へ行ったと思います。

f:id:rikkun2mura:20201224170255j:plain

あの時代、まだ飛行機なんてとんでもない話で、津軽海峡は連絡船で渡り、青森からは寝台車で東京へ行きました。お金持ち私立は別として……。

 

行きか帰りに新幹線の窓から富士山を見た記憶があり、それが思い違いだったかどうかは今年の正月、高校の仲間との新年会で確認できました。

私の記憶はあっていたようです。

 

私の高校は商業高校で、一学年女子が200人に対して男子が20人の学校でした。旅行中に女子高に間違えられたこともあります。

話がそれますので詳しくは書きませんが、色々あって

男子全員半日の外出禁止

旅館の便所掃除の罰

を受けたなど、話題と思い出に事欠かない旅行でした。

 

追い打ちをかけるように帰りの列車が大幅に遅れ(ストの影響?)連絡船が一便ずれたため、予定より10時間以上も到着時刻が遅れる始末。

f:id:rikkun2mura:20201224171249j:plain

 

地元駅に帰着後男子全員でステーキを食べる予定も、その後にレコードショップによる予定もすべてお流れ泣。

 

何せ夜の6時に着く予定が、翌朝の6時に着いたのですから…

 

帰りは鈍行の夜行列車でしたので、ほとんど寝ていませんでした。

とりあえず、家に帰って爆睡。その日の午後から一人でレコード屋に向かいました。

 

旅行の残金でレコードを買うことは旅行へ行く前から決めていました。

 

 

ジェネシスは音楽雑誌の書評で、スティーリー・ダンは旅行出発前、実際に聴いた上で決めた事です。

 

 

 

私が買う予定だったスティーリー・ダンの最新アルバムはプリッツェル・ロジックと言うタイトルのアルバムで、聴いたと言うのはシングルカットされた「リキの電話番号」です。

この曲を始めて聞いた時の情景は、何故か鮮明に覚えています。

 

 

ある日の夕方、西日の暖かい光を半開きのカーテンの外側から感じながら、ステレオのFMラジオから流れる音楽…。

印象的なイントロに始まるねちっこい個性的な歌声。

そしてサビを聴いた時に思いました。

 

あっ、欲しい。これ買わなくちゃ

 

 

 

 曲のタイトルを聴いた時、すぐ頭に浮かんだのは「力道山:リキドウザン」のロングタイツ姿(古すぎ…実は小学生の時から熱烈なプロレス・ファン。G・馬場さんとA・猪木、坂口征二の身体にペタペタ触りました。5回は観に行っています…)。

 

 「プリッツェル・ロジック」を手に入れた私は、家に帰って早速レコードに針を落とした訳ですが、このアルバムは今でも好きなアルバムです。

 

 捨て曲無しなので、何度でも通して聴きます。好盤です

 

この後に、セカンド、ファーストと遡ってアルバムを買いましたが、4枚目あたりからバンドは事実上崩壊します。

 

結成当初は6人いたメンバーも2人組デュオになって、有名なスタジオ・ミュージシャンの参加によるレコーディングとなります。

 

そして5枚目、「彩(エイジャ)」の大ヒットにより、スタジオ・レコーンディング専門の、妙に玄人に受ける特別な2人組として、音楽界で扱われるようになります。

 

私は4枚目以降、もちろん5枚目の「彩(エイジャ)」も買いませんでした。

ベスト盤を買い4枚目以降の主な楽曲を聴いてはいますが、ほとんど魅力を感じません。

私の中のスティーリー・ダンは3枚のアルバムで終了した過去のバンドとなっています。

 

f:id:rikkun2mura:20210116162058j:plain

 

 同時に買ったのはジェネシスの「月影の騎士/セリング・イングランド・バイ・ザ・パウンドです。これは見事に期待に応えてくれたアルバムでした。

 

ジェネシスのの名前は知っていましたが、聴く機会がないまま時が経っていました。

何より、リード・ボーカルのピーター・ガブリエルが派手なメイクをしたり、キツネ?のお面をかぶっている写真を見ていたので、受けた印象はあまり良くないまま遠ざけていたところもありました。

 

ただやはり、音楽専門誌でジェネシスのこのアルバムが絶賛されていたので、ちょっと気になり聴いてみようかなと思い買うことにした訳です。

 

当時の私にとって「ミュージックライフ誌」が唯一洋楽アーティストの情報入手の材料だったので「写真を見たので遠ざけた」「書評が高評価になっていた」とか両極端です。良い・悪いを行ったり来たり

 

友人が持っていれば借りて聴くとか、ラジオなどで流れた音を聴く以外は「専門誌」の批評を読むとか、自分を信じ、身銭を切って買うしかない訳です。

 

 

 

聴いた順序、買った順序など、時系列の正しい記憶は欠落していますが、俗に言う「プログレ」(プログレッシブ・ロック)は高校の時に好きだったジャンルです。

 

キング・クリムゾン

ムーディー・ブルース

ピンク・フロイド

エマーソン・レイク&パーマー

バークレー・ジェイムス・ハーベスト

PFM

キャメル

キャラバン

ソフト・マシーン

ゴング等々…

 

随分色々なアーティストを聴きましたし、それぞれに思い出があります。

マニアックな所ではマクドナルド&ジャイルス

あまりにも穏やかで、途中で眠ってしまいました……。

 

ジェネシスはピーター・ガブリエルがボーカルで在籍していた頃が好きでした。

ガブリエル脱退後、フィル・コリンズがボーカルになりましたが、それと同時に聴く事はなくなりました。

 

確かその後に買ったジェネシスの2枚組「眩惑のブロードウェイ」だったと思いますが、レコードの帯に書いてあった言葉は、その後も何かの機会に何度か私的に使わせてもらいました。まだ覚えています。

 

ジェネシスの音楽を

精神の糧、肉体の肥やし

と表現した文言です。

 

 

名言だと思います。ジェネシスに限らず、まさに全ての音楽について言えるのではないでしょうか。

 

f:id:rikkun2mura:20210117161623j:plain

 

音楽を聴いて

元気が出た

感動した

涙が出た

一緒に歌った

踊った…

 

 全てが、

人生、明日への糧(かて)であり、肥やしになること

間違いないと思います。

 

 

 

今はプログレをほとんど聴きません。聴いても、何か別の事をしながら、完全に流してBGM扱いです。

若い時は、きっと自分にはまだ明るい未来があり時間もあると思っていたのでしょう。

だからこそゆっくりと集中したレコードの聴き方が出来たのです。

 

しかし残念ながら、今の自分にはそんなに集中して音楽を聴くような余裕があるとは思っていません。

 

最近のCDの買い方を振り返ると

80年代は良くて前半まで

まず90年代以降のものは皆無です。

60年代終盤からと、最も多いのが70年代に出たアルバムです。

 

聴いたことがある昔の歌、古い歌。そしてじっくり聴いたことのないアルバムを改めて聴く。今一度脳裏に刻み込んでおきたい……。

だから昔の話しかできないのでしょう笑

 

 年相応の音楽の聴き方、楽しみ方はそれぞれあると思います。

 

私は聴く専門としての音楽人生を、これからも熱く送りたいと思っています。

 

 

話が大きくなりましたが、この辺でお開きに致します。

 

 

 

 

「ザナドゥ」と「グライド・イン・ブルー」

こんにちは、make me smileです。

 

今回は映画の話を2題。ともに音楽がらみの話です。

 

さて、私は映画が大好きです。

 

物心ついた時から映画好きの父に連れられ、東映の時代劇やヤクザ映画、日活の無国籍アクション、大映の市川雷蔵や勝新、月に2~3回のペースで映画館に行っていました。とにかく頻繁に通っていました

 

小学生になると一人で東宝のゴジラ、大映のガメラや大魔神、東映マンガ祭のアニメなど、映画三昧の幼少期だったと思います。

f:id:rikkun2mura:20201213195905j:plain

 

 

高校の時は空手映画全盛期

「燃えよ、ドラゴン」は学校を休んでわざわざ空いている平日に行きました。

 

私は10歳くらいまで中心街に住んでおり、近所に7~8軒の映画館がありました。今では信じられませんが、昭和30年~40年代の前半、映画産業は賑わっていました…。

 

 

さすがに現在は頻繁に映画館へ通うことは出来ませんので、もっぱらスカパーの映画チャンネルやレンタルDVDなど、TVで観る事が多くなります。

 

どうしても手元に置きたくなる映画、忘れられない映画は通販でDVDを買い、いつでも観られるようにしていますが、割合でいうと洋画8割、邦画2割というところでしょうか。

 

 

さて本題です。

あえて「最低・最悪」と専門家から酷評を受けたミュージカル映画を、DVDで買ったことがあります。

 

それはオリビア・ニュートンジョンが主演のザナドゥです。

 

以前に地上波で観たことがあるのですが、その内容は残念ながらほとんど記憶に残っていませんでした。

「多分、全部観ていないはずだ。きっと途中から観たとか、事情があって途中でやめたとか…」と記憶が薄いことを自信に納得させ……。

 

 

どうしても終盤のミュージカル・シーン、「ザナドゥ」を歌うシーンが観たくて、DVDを注文してしまいました。

f:id:rikkun2mura:20201214172846j:plain

さて、私の評価…。

コラッ カネ返せ!!

でした。

 

本当につまらない、内容のない映画です。

 

この映画、どの映画評を見ても「オリビアの歌と踊りのシーン以外、見るべきところナシ」と言われています。

評論家は「無理のあるあらすじ、設定や展開、陳腐なCGがドン引きした」と言っています。

 

私は「ザナドゥ」と言う曲はもちろん、音楽担当のELOもオリビア・ニュートンジョンも好きです。

 

 

終盤でこの曲が流れ大勢で踊るシーンがありますが、その時だけちょっと鳥肌が立ちました。

あれは本当によくできた曲。

「ザナドゥ」(テーマ曲)のためだけにある映画です。

ただしその時のオリビアの衣装が残念。

可愛さ半減……。

 

 

「ザナドゥ」が収録されたE.L.Oのアルバムも持っています。

もちろん「オリビア・ニュートンジョン」のアルバムも、「ザナドゥ」のシングルも持っています、ついでに言うと彼女のコンサートDVDも。

 

このDVDを買ったのは、彼女のビジュアルに負けた結果だと思います。

「いい年をして、まだ色気づくのか、アンタは…」と心の声。

 

古い話ですが「イルカが、クジラが可哀想」と日本公演を拒否したオリビア・バアさんのDVDを買うなんて…

愛国者として猛反省しました笑

 

 

さてもう一つの話に行きます。

私が愛してやまないシカゴのメンバーが映画出演した話です。

 

それは1974年劇場公開の

Electra Glide In Blue(邦題:グライド・イン・ブルー)

です。

 

当時「8人目のシカゴ(当時シカゴは7人だった)と呼ばれた彼らのプロデューサーJ・W・ガルシオが初監督した作品で、前年の「カンヌ映画祭正式出品作品」でした。

f:id:rikkun2mura:20201215144253j:plain

普通の映画好きとは視点が違います。シカゴ・ファンとしては映画の出来より、映画とメンバーの関わり方、そして音楽に興味があります。

 

結局私の住んでいる街では劇場公開もなく、ビデオやDVDもまだない時代です。

映画を観たのは数年後のTV(地上波、〇曜ロードショー的な番組でした)。

 

映画の封切後、サントラ盤LPとシングル盤(エンディング・テーマ「テル・ミー」)を持っていた私は、出演しているシカゴのメンバーがどんな演技をしてくれるのかに興味がありました。

なにせ、まだミュージック・ビデオなど無い時代です。

動いているメンバーの姿は貴重。

 

 

映画は白バイ警官の汚職に絡む話になります。

タイトルの「エレクトラ・グライド」とはバイクの「ハーレーダビッドソン」の最新型のことらしく(バイクに詳しくないので)、モニュメントバレーを背景に繰り広げられる仲間同士のの裏切り、葛藤、殺し、そして最後の印象的なエンディングへと続きます

 

 

メンバー7人のうち、出演していたのは4人。それぞれ重要な役回りでした。

音楽面(サントラ)でも5人が参加し、エンディング・テーマ「テル・ミー」では当時のギタリスト「テリー・カス(故人)」が壮大なオーケストレーションに乗って、印象に残る見事な歌唱を披露してくれました。エンディングに繋がる映像も素晴らしかった

 

ラストの映像と音楽

心に残ったのはそれだけかもしれない

 

 

もしエンディング大賞があれば贈りたい!!

 

 

 

※注)ネタバレです。

ラストはこんな映像。警官がピストルで撃たれ、スローモーションでバイクから転げ落ちる。そして静かにピアノのイントロが始まり、歌が流れる……。

 

f:id:rikkun2mura:20201215150026j:plain

 その他劇中では、シカゴの弟分(ガルシオがプロデュースしていたたまそう呼ばれていた)として我々当時のファンにはお馴染みのトリオ「マデュラ」の演奏シーンがあるなど、シカゴ・ファンとしては応えられないコアな映像でした。

 

私は10年ほど前、キング・レコードから映画のDVDが発売されていることを知り、懐かしくて購入。記憶では、製作から45年、最近はありませんが、地上波で2~3回放送されているはずです。

 

DVDの解説書には「どちらかというとカルト映画に分類される」と書いてありました。

確かにそうかもしれません……

 

 

映画の興行成績はおそらく駄目だったでしょう。

 

 

惨憺たる結果だったでしょう。

サントラ盤にしても、私の様な熱狂的なシカゴ・ファンが買っただけかもしれません。

確か、見開きのアルバムで20ページくらいのブックレット、映画の背景にもなっているモニュメントバレーにたたずむ景観とバイクが写っているポスター(約1m50㎝×約30㎝)、バイクのイラストポスターが付いていたような気がします。

f:id:rikkun2mura:20201218142455j:plain

 

ガルシオはその後もう1作だけ映画を撮ったようですが、それについては全く情報がありません。それを最後に映画界から足を洗っています。

 

 

結局この映画は、コアなシカゴ・ファン、コアな映画ファンの心に

B級カルト映画

として残ることになるのでした(私はコアなので、全く構いませんが…)。

 

それではこの「カルトな話題」はこの辺でお開きに……。

 

 

 

 

「運命’76」と輸入盤

こんにちは、make me smileです。

 

 

70年代後半以降、ブームはあっという間に去りましたが、クラシックの有名曲をディスコ調にアレンジした曲が続々と発売された時期がありました。覚えているでしょうか?

 

 

その中に、クラシックの名曲、ベートーヴェンの「運命」をディスコ調にアレンジし邦題運命’76としてヒットさせたウォルター・マーフィーと言うミュージシャンがいました。

 

 

 

彼はアレンジャーとしてだけではなく、コンポーザー(作曲)としても才能豊かで、オリジナル曲を沢山作っていますが、日本ではほとんど紹介されることはありませんでした。

 

さて例によって40年以上前の昔話になります。

 

仕事で半年ほど札幌に住んでいたことがありますが、その時の事です。

月一度、レコードショップの輸入盤コーナーに行くことを恒例にしていました。

その日も輸入盤コーナーで色々なアルバムを物色していたのですが、何となくジャケットが気になり、「ジャケ買い」をしたのが「ウォルター・マーフィー」のアルバムです。

 

タイトルは「ファントム・オブ・オペラ」。実写やアニメで有名な外国映画「オペラ座の怪人」の物語をモチーフとしたと思われるアルバムです。

f:id:rikkun2mura:20201206112248j:plain

 私はそれまで彼について、全く知識も興味もありませんでしたし、買った時もすぐに「運命’76」のミュージシャンだとはわかりませんでした。

 

 

どんなジャケットだったかと言いますと、イラストで描かれた

ファントムらしい怪人の顔の微笑んだアップがある。

長く伸びた舌先が二つに割れていて不気味。

両手を顔の前で開き、その隙間から怪しい目つきでこちらを覗いている。

全体に赤茶けた顔色である。子供に見せたら間違いなく「夜泣き」をする。

ジャケ買いにはふさわしくないアルバムでした。

 

 

f:id:rikkun2mura:20201207164700j:plain

※最初に映画化された「オペラ座の怪人」(1916年)のファントム。夢も希望もない顔……

 

 

 

私の輸入盤の買い方ですが、いわゆるジャケ買い(ジャケット拍子の絵や写真、裏面のクレジットが運よくあればそれを参考にする)と決めていました。

 

知らないアーティストのアルバムを、ジャケットのデザインで買うことに、冒険心、否、遊び心がくすぐられるような気もしました。

 

 

 

話は変わりますが、ここで輸入盤について少し……。

確か輸入盤は価格が安かった(国内盤の半値?)ような気がします。

ただ、国内盤の様な解説書は付いていませんので、レコードを買ってもアーティスト情報は得られません。

 

輸入盤はジャケットの右隅だったか左隅に5mmほどの穴が開けられ(輸入の印?)、ビニールでがっちりと完全密封されていました。

 

 

日本ではまず半透明ビニールの袋にレコードが入り、場合によっては更に色々印刷された紙の袋に入っています。そしてジャケット本体に入れられる。

しかし輸入盤の場合には、基本的にレコードむき出しのイメージ。半透明のビニールがまずありません。

レコードを出すと静電気で空気中のごみやチリが凄く寄ってきました。通常、国内盤には通用する「レコード・スプレー」も効果が薄かった気がします。

商品の扱いが全然違います。これは国民性の違いなのでしょうか。

 

輸入盤が「特別悪い」わけではなく、日本盤(国内盤)こそが丁寧過ぎて、世界基準から外れているのではないかと。

 

 

モノを大切に扱う日本人だからこその「半透明ビニール袋」ではないかと、輸入盤を買うようになってから思うようになりました。ただ、輸入盤からは何とも言えない香りがしました。それは不快な香りじゃなく、かと言って「花」のような素敵な香りでもない。

しいて言えば「石鹸」のような香りです。

恐らく気のせいでしょう。しかし、そんなイメージを持っています。

ちなみに日本盤は完全無臭です。

 

あっ、そう言えば香り付きのアルバムがありました。

 

 

それはラズベリーズと言うパワー・ポップ・バンドのサード・アルバムです。

 

 ジャケットはバケツの様なカゴに山と積まれた野イチゴ(ラズベリー)の写真で、ジャケットからは野イチゴのいい香りがします。

f:id:rikkun2mura:20201208120829j:plain

ラズベリーズにはエリック・カルメンと言うアーティストがいましたが、ラズベリーズ解散後、ソロ・シンガーとして活躍します。最大のヒット曲として「オール・バイ・マイ・セルフ」がありますが、これは間奏にクラシック作曲家「ラフマニノフ」の「ピアノコンチェルト第2番」を、やはりヒット曲「恋にノー・タッチ(NEVER GONNA FALL IN LOVE AGEIN)」は「交響曲2番第3楽章」をモチーフにして、ロマンチックな作品に仕上がっています。

 

 

 

話はウォルター・マーフィーに戻ります。

 

 

「ファントム・オブ・オペラ」は先にも書きましたが日本でヒットした「運命’76」とは違い「有名クラシックのアレンジだけではありませんよ、曲もちゃんと作りますよ」とばかりに、ストーリー性のあるトータル・アルバムとして魅力ある作品に仕上がっています。流行りのディスコ・ミュージック一辺倒ではありませんでした。

 

もちろん例にもれず、クラシックのアレンジ曲(ベートーヴェンの「第九喜びの歌」他)も2~3曲ありましたが…。

 

何せ輸入盤です。語学力に乏しい私にはアルバムの詳細を知る由もありません。

 想像するに「オペラ座の怪人」登場人物(ファントム、クリスティーヌ、ラウル)がそれぞれ役名で各々の気持ちを歌っているようです。そしてオペラの場面転換にはインストゥルメンタル(演奏のみ)を使用しているのではないかと思われます。

 

f:id:rikkun2mura:20201208180728j:plain

 私は「ロック・オペラ座の怪人」の「サントラ盤」のつもりで聴いています。

このアルバムがCD化されていないかと探しましたが、残念ながらCDはありませんでした。

 

その代わり「amazonデジタル・ミュージック」のサイトに1曲毎購入可で全曲がありました。数10秒ですが全曲視聴できます。

よくあったと感心しています……。

 

 

YOUTUBEにこのアルバムから2曲アップされていましたが

特に「The Music Will Not End」。

 

伸びやかな歌声と間奏のゆったりとしたギター・ソロが私のお気に入りの

優しさと憂いに満ち溢れた曲です。聴いてみる価値があるかもしれませんよ。

 

 

 

もう札幌まで輸入盤を探しに行くこともないし、現在はレコードを聴く装置もありません。

 

 

この時代です。

外国盤CDは国内盤同様に簡単に手に入りますし、輸入盤をジャケ買いしていた頃の様なドキドキ感も、面白味もありません。

 

音楽のデジタル化は、ますます音楽を聴きやすく、そしてある意味つまらなくなるでしょう。

 

 

それでは今回のお話はこの辺でお開きと言う事で…

 

 

 

 

 

プレーヤー改造と4チャンネル

こんにちは、make me smileです。

 

今日は「私のステレオの歴史」についてお話します。

f:id:rikkun2mura:20200623111955j:plain

まず初めてのマイ・ステレオは、中学時代、スピーカーと本体が分かれているセパレートタイプのプレーヤーを両親に買ってもらい、それから私の音楽人生がスタートした訳です。

 

オール・プラスチック製で、ボリュームのツマミがあるだけの、小さなプレーヤーでした。

最初の頃は、喜んで聴いていましたが、徐々に物足りなくなってきたのでしょう。

 

迫力ある大きな音が欲しい

 

そう思うようになってきたのです。

 

私は街にあるラジオ店(昔はこうした専門店があった)に行き、大きなスピーカーを購入(と言ってもプラ製で一回り大きいだけ)しました。

 

「これで音が良くなる、音が大きくなる」と確信し、早速取り替えてみました。

しかし、音はいっこうに大きくなりません。

 

 

え~、何で大きくならないの

 

 

よく考えれば

プレーヤー本体の出力数がすでに決まっているのですから

大きなスピーカーを付けても

音は大きくならない

ことに気付きそうなものですが……

 

まだモノの道理がよくわかっていない中学生です。許してやってください…。

 

f:id:rikkun2mura:20200623111703j:plain

 

こんな立派なスピーカーには手を出せなかった。

まあ、出さずに正解だった…。

 

結局思い通りの結果を出せないまま、新しいスピーカーを取り付けたプレーヤーで、その後2年ほど過ごすことに。

 

 

 

 

私が次に考えたのはヘッドフォンのことです。

シカゴのドラマーがヘッドフォンをしていたのを写真で見て、ヘッドフォンで音楽を聴いてみたくなりました。

 

音楽雑誌によると、当時のバンド・ポジションではドラムのすぐ後ろにブラス担当の3人が配置していたため、他の音楽が聞こえづらく、ブラス音の影響を少なくするためにヘッドフォンを付けたそうです。

 

しかし私のお手頃プレーヤーには、イヤフォン・ジャックヘッドフォン・ジャックも差し込む穴がありません。

 

たまたま近所に住んでいた同級生で、アマチュア無線(その昔ブームだった)、ラジオ、電波にやたら詳しい奴がいたので相談してみました。

 

 

「よし、ジャックの穴を開けよう。楽勝、楽勝」

と言うことになりましたが、私の本心はプレーヤーに穴を開ける恐ろしさと、もし失敗してプレーヤー自体が壊れたらどうするのだろう。プロの電気屋でもあるまいし、そんな簡単にジャックの差し込み穴が作れるのかと、穴を開けることに相当ビクついていたのを覚えています。

f:id:rikkun2mura:20200629172743j:plain

私はまず電気屋でヘッドフォンを買い、同級生と一緒にラジオ店に行って、ジャックの差込口やら必要な物を買いました。

同級生は我が家の玄関先に工具を持ってきて、早速プレーヤーの改造?を始めましたが、電気系統が詳しいだけに案外簡単に作業は済みました。

 

今思うに結構いい加減な奴でしたので、失敗しても笑って済ませられたのではないかと懐かしく思います。

 

 

 

 

話はヘッドフォンに戻ります。

 

改造は見事に成功し、ヘッドフォンの使用が可能になりました。

f:id:rikkun2mura:20200629173233j:plain

(今思うと)恐らくヘッドフォンで聴く音質は、聴くに堪えないものだったはずです。

しかし当時住んでいた家は決して広い家ではありませんでした。

部屋も4歳年下の妹と同じだったので、ヘッドフォンに頼ることが大きかったのではないか、音質にこだわっている場合ではなかった、それ以前にヘッドフォンが使える喜びが全てに優先していたのだろうと思います。

 

その後、「ポータブル・プレーヤー」から「4チャンネル・ステレオ」に変わる訳ですが、ステレオが良くなっても、それに比例して、ヘッドフォンの使用頻度は高くなって行きます。

 

 

私の中学時代は、ポータブル・プレーヤーでレコードを聴き続けた訳ですが、高校の入学祝いにと、両親に当時流行の兆しがあった「4チャンネル・ステレオ」を買ってもらいました。

 

24時間ステレオ」とキャッチコピーが付いていましたが、何が24時間なのかその意味はわかりません。4チャンネル自体も、大流行とはいかなかったようです。

 

 

4チャンネルについて簡単に説明しますと、スピーカーは4つあり、4チャンネル対応(専用)のレコードを聴くと、それぞれのスピーカーから独立した音が出て、臨場感が味わえると言うことでしょうか。とにかく私にとって、スピーカー4つということが最高の機能だったと思います。

 

しかし残念ながら4ch対応(専用)のレコードを買ったことがありません。発売されたほんの一部のレコードが4chを売りに物にしただけで、私の買うレコードは4ch対応ではありませんでした。もちろん普通のレコードも聴けます。

ただ、4つのスピーカーで聴くので、音の広がりそのものはありました。

 

「音の迫力、洪水、埋没感」のようなものはあったと思います。

特にプログレ関連のレコードを聴くとその雰囲気は味わえました。

確かに音がグルグル回っているのを実感したことがあります。

特に録音された音の詳細まで聴くのが楽しみで、あの密閉された空間でライブ盤を聴くのが好きでした。

 

 

現在はソニー社のCDラジオ(ラジカセのような機種)で音楽を聴いています。

f:id:rikkun2mura:20200629174625j:plain

それが分相応だと自分に言い聞かせ、高望みしないようにしていますが

 

本当は納得のいくステレオのシステムを揃え

低音ビンビンの大音量で音楽を聴きたい

 

そして若い頃のようにお気に入りのヘッドフォンで、細かい音を味わえればと思っています。

 

f:id:rikkun2mura:20200629175018j:plain

爺様の夢ですね

これは…

 

 

「夢の話」になってところで、今日の話題はこの辺でお開きと言うことで。

 

 

 

 

学生時代の貴重な音源・CHICAGOのJUMP FOR JOY

こんにちは、make me smileです。

大昔、今から47~8年近く前の事、古すぎて正確な事は覚えていません。

中3か高1の頃だと思います。

 

時間は午後7時半か8時頃に、NHKデューク・エリントンのバースデイ・コンサートが放映されました。

 

「デューク・エリントン」とはビッグバンド・ジャズの大御所で、代表曲に「A列車で行こう(Take The A-Train)」と言うジャズのスタンダード・ナンバーがあります。

今はもうこの世にいませんが、この時はまだ御存命だったのですね。

 

ロック界からはまだ若い「シカゴ」がゲストとして出演し、1曲だけ演奏しました。

f:id:rikkun2mura:20200613173147j:plain

演奏した曲はシカゴのオリジナル曲ではなくJUMP FOR JOYと言う曲。

デューク・エリントンが作曲したミュージカル曲だそうです。

原曲はもちろんのこと、デューク・エリントン自体知らなかった私。

初めて聞く曲です。TVに向かって正座です。背筋を伸ばした正しい姿勢です。

 

 

 

ここで少し時間を割き、当時私達のような中高生の若年ファンの置かれた、昔の音楽事情についてお話しておきたいと思います。

 

私達のような若い音楽リスナーにとって、アーティストの動く姿を見ることは本当に貴重で大変なことでした。

 

外国ミュージシャンの姿と言えば、基本的にはレコードのジャケット以外にはありません(写っていればいいですが…)。

音楽雑誌の、その号に写真が掲載されていればファンとしてはラッキーだと思わなければなりません。

 

数週間に一度、深夜に30分程度の洋楽番組がありました。

開始時間や突然の中止などもあり、まだ学生だった私はほとんど見た記憶がありません。

一般家庭にビデオ・レコーダーが普及すつのはまだ後の話です。

 

 

とにかく

見逃したり

聞き逃したらアウト

 

たかが音楽、されど音楽

 

 

現在のように朝から晩まで、延々とミュージック・ビデオを流している音楽専門チャンネルがある訳でもなく、DVDがある訳でもなく、完全にイメージの世界・想像の世界…

 

もし、TV放映の情報を事前に入手でも出来ていれば、もう大変。

カレンダーに印をつけて初デートを待つウブな少年のような状態。

 

 

TV放映はもはやイベント

一大イベント

ドーム公演!!

(たかが外国ミュージシャンが出演しているTVですよ)

 

理解できますか?TVに向かって正座する気持ちが…。

 

私の記憶にある映像は、ピンク・フロイド、エマーソン・レイク&パーマー、そしてシカゴです。全てNHKのような気がします。

 

 

 

私が高校生の時のこと。初めて(私にとっては)シカゴの映像が30分枠?でTVで放映される日、内容は野外ライブ、スタジオ・ライブでした。

確か土曜夜の放映だったと思います。

事前に上方をつかんでいた私はその日を心待ちにし、恐らくウキウキしていたはずです。

 

しかし、当日学校へ行った私に驚愕の知らせが…(あの時代、週休2日などは無く土曜も授業でした)。

「同級生の父上が亡くなりました。お通夜は今夜です」

当時の私は学級委員長でしたので、クラスの代表として参列しなければなりません。

 

おまけに同級生の自宅は地方(田舎)です。

f:id:rikkun2mura:20200613173409j:plain
まさか「今日TVにシカゴが出るんだ」と言う訳にはいきません。

そして「今日会えなかったら、今度いつ会えるかわからないのさ」と言う訳にもいきません。

 

もちろん、シカゴは諦めて、お通夜に行きました。

 

どんな気持ちだったか、人道上の問題もありこれ以上は書けません。

 

外国ミュージシャンを好きになるファンになると言う事はこう言うことでした。

見逃せばアウトの厳しい時代

 

しかし数年後(4~5年は経っていたような気がします)、この番組は再放送されました。

そしてその再放送は何事もなく、無事観ることが出来ています。

 

 

さて「JUMP FOR JOY」を聴いた後、私は例によって「シカゴが演奏した曲」と言うだけの理由で、レコード探しに出掛けました。

 

市内のレコード店全て(当時は7~8店あった)を回って、デューク・エリントンのアルバムは何枚か見つけました。しかしそのいずれのアルバムにも肝心の「JUMP FOR JOY」は収録されていませんでした。

 

結局「A列車で行こう」(探している間に代表曲だと知りました)が入っているライブ・アルバムを買い、それをもって「JUMP FOR JOY」探しの旅は一旦「無念のまま終了」したのです。

 

しかし20歳を過ぎた頃、何を思ったか再び「JUMP FOR JOY」を探しに行ったのです。

今思えば、恐らくジャズ専門のレコード店がオープンしたからだと思います。

私は1枚1枚チェックし、演奏者を問わず「JUMP FOR JOY」のタイトルを探し始めたのです。

 

そして出会ったのが「マーク・マーフィー:ミッドナイト・ムード」と言うジャズ・ボーカリストのアルバムでした。

1曲目に「「JUMP FOR JOY by Ellington/Webster」と書いてあります。

それ以外の曲は完全なオマケです。

 

家に戻ってさっそく聴きましたが、マーク・マーフィーの歌う「JUMP FOR JOY」はTVで観た「シカゴ」のそれとは程遠く、さしたる感動もないまま、繰り返し聴く事もありませんでした。

 

 

 

結局、私の好きだったのは「JUMP FOR JOY」と言う曲そのものではなく、シカゴ風にアレンジされ、シカゴが演奏した「JUMP FOR JOY」だった訳です。

その後、ジャズは随分と聴きましたが、シカゴの影響で「ビックバンド」に限られてしまいました。

f:id:rikkun2mura:20200506153520j:plain

 

しかしあれから40年経過し「ビックバンド」に対する妙なこだわりもなくなりました。

今では多種多様なジャズ・アルバムを聴いています。

「マーク・マーフィー」についても何の違和感もなく聴く事が出来ますが、若い頃は無理だったようです。

 

 

 

話は「デューク・エリントンのバースデイ・コンサート」に戻りますが、親に買ってもらった小型のテープレコーダーをTVのイヤフォン・ジャックでつなぎ、シカゴの演奏シーンを録音しました。

それから40年後…モノラル録音なので音の状態は最悪ですが、とりあえず私の手元に残っています。

f:id:rikkun2mura:20200613174030j:plain

※YOUTUBEで「シカゴのジャンプ・フォー・ジョイ」が聴けます。

 

若さ溢れる、ハツラツとした演奏です。

ガムを噛みながらのビートのベース・ライン、ブラス・アレンジと間奏、そしてテリー・カスの見事なギターソロ

 

今、観ても聴いても痺れます。

 

NHKで放映した時のナレーションは、音楽評論家:湯川れいこさんでした。

演奏後のナレーションは「緊張した面持ちでしたが、シカゴらしいイキのイイ演奏でした」と言うものです(ほぼ間違いないと思います)。

 

今回の話題はこの辺でお開きと致します。

 

 

 

 

私の宝物、遥かなる夏の陽

私の宝物、幻の一発曲…「遥かなる夏の陽」

 

こんにちは、make me smileです。

 

ブログを始めた理由は色々ありますが、その一つに、このバンドのこの曲について書き記してみたいと言うのがありました。

 

過去の私のブログで3回ほどの話題にしたことがありますが、

このバンドのこの曲とは

JAMESTOWN MASSACRE(ジェイムスタウン・マサカ)

/SUMMER SUN(遥かなる夏の陽)

のことです。

f:id:rikkun2mura:20200603092252j:plain

この曲は、1972年10月にシングルとして発売されましたが、恐らく余程のマニアじゃないと知っている人はいないのではないかと思います。

 

一応「一発屋」として扱われていますが

本当に「一発屋だったのか?」

本当に「一発」当てたのか…

 

 

しかし、私にとってこの曲は45年以上経った今でも色褪せることのない大好きな曲であり、毎年夏の定番曲になっている宝物なのです。

 

 

そもそもこのグループ、70年代初期にシングル・レコードを3枚制作しただけです。

日本での発売はシングル1枚だけ、アルバムは発売していません。

 

過去には何枚かのオムニバス・アルバムに収録されたことがありますが、それすら現在は入手困難。アナログも市場には出回っていないようです。

 

 

まさに幻の一発屋の、幻の一発曲と言ってもいいでしょう。

 

 

以前、レコードからCDを作成できるコンボを持っていたので、すでにこの曲をデジタル化(CD)していました。しかし音圧が低く、私としては納得できる状態ではないため、新しい音源を入手したくてバタバタしていました。

 

しかし驚くべきことにamazonのデジタル・ミュージックサイトを検索すると、この曲がありました。買ったのは今年になってからですが、まさかあるとは思いませんでした。

 

 

この曲に出会ったきっかけは、中学2・3年の頃、当時私が入会していたシカゴ・ファンクラブの会報に載っていた曲の紹介の記事でした。

 

その記事を要約すると…

 

シカゴっぽい曲がある。イントロにトランペットが入り、歌声がロバート・ラムに似ている。JAMESTOWN WASSACRE:ジェイムスタウン・マサカと言う聞き慣れないバンドが歌っている。

 

こんな感じでした。

※ロバート・ラムとはシカゴのキーボード兼ボーカリストです。

 

私はすぐ通い慣れたレコード店に走りました。

 

何と!

あった

アンビリーバボー!

まさか入荷しているとは…

 

早速買って家で聴きましたが、これが当時中学生の私のツボにドンピシャ来てしまったのです。

f:id:rikkun2mura:20200503161628j:plain

 イントロでは軽やかなトランペットが2フレーズほど出てきますが、なぜかその後一度も出て来る事はありませんでした。不思議…。

 

ボーカルは確かに当時のロバート・ラムに似ています。

 

 

そして極上の3分間。

 

ああ、まさにサマー・ポップ

実に楽しい

これぞバブルガム・サウンドの極致!!

 

悪く言えば「明るくて能天気。何も考えてな~い」

 

 

「アルバムは出てないのかな?」(制作してないんだよ…)

10年程前に知りましたが、7人構成でホーン担当が2人いました。

(立派な「ブラス・ロック・グループ」ではないか!!)

 

このバンドはシカゴを中心に活動していたようです。

その後メンバーの脱退等でグループ名をMariah(マライア)に改名。

「マライア」になってからはアルバムも出したようですが、国内での入手は困難。

 

そして「マライア」のプロデューサーだったジム・ピートリック(「ヴィークル」のヒットで有名なブラス・ロック・グループ、「アイズ・オブ・マーチ」のリーダー)がサバイバー(後に「Eyes Of Tiger」がヒット)の結成に動きます。

 

マライアの中心メンバー、フランク・サリバンとジェイムスタウン・マサカの初期に在籍したデイブ・ディックラーが「サバイバー」に参加。そしてマライアは解散。

 

「マライア」の残党は今でも活動し、「SUMMER SUN:遥かなる夏の陽」をレパートリーとして演奏しているとか…。

YOUTUBEで観ることは出来ますが、「マライア」の残党なのかどうか、それはわかりません。

※「アイズ・オブ・マーチ」も「ヴィークル」もアルバムを買うほど好きですし、「ジム・ピートリック」もCDやDVDを買って聴いています。

 

そもそも「ブラス・ロック・グループ(今や死語)」自体、中学の時から大好きで、それ中心に色々なレコードを買っていました。

 

 

 

それにしても、情報によるとランキング90位(何のランキングかは不明)程度のこの曲が何故一部マニアの中で人気が高いのでしょうか。

事の発端は、山下達郎のラジオ番組で彼が推薦したとか、流したとか…そのリスナー達がレコードを探したが、既に簡単に手に入る状況では無かったとか……。

 

年単位の相当な時間と労力を有して、この歌を探し始め、ようやく入手したのは「見本盤だった」と言うマニアもいたらしいのですが、その努力わかります

このレコードについては、そんな話が語られているようです。

 

 

「JAMESTOWN MASSACRE」って、印象的でカッコのイイ名前だなと思いましたし、著作権の都合でジャケットを披露できないのが残念ですが、西部劇風のマンガチックなイラストがポップで私は好きでした。

しかし、そのバンド名について調べてみると興味深い事も分かってきます。

 

JAMESTOWN」は地域の名前、「 MASSACRE」は訳すると「虐殺」。

「JAMESTOWN MASSACRE」とは文字通り「ジェイムスタウンの虐殺」のことだそう。

これは1622年3月22日の聖金曜日、バージニア植民地のジェームズタウンの白人入植者が原住民インディアンに襲撃され、男・女・子供合わせて347名が犠牲になった実際の事件であると言うことが分かりました。

※詳細は「ウィキペディア(Wikipedia)」などを見て下さい。

 

 

グループ名と、そのバブルガム風のポップで明るいサウンドの間には「天と地ほどの物凄い違和感」がある事を知りました。「JAMESTOWN MASSACRE」にはそんな言われもあるそうです。

 

 

 

話は大きく変わります。

その昔TVのイヤフォン・ジャックからカセット・テレコに録音していた「ソウル・トレイン」。ある時スカイラークと名乗るグループが歌ったワイルド・フラワーと言う曲が流れました。素晴らしい曲でどうしても入手したいと思いました。

 

今から45年ほど前です。

レコード店を何か所も回ったものの、レコードを見つけることが出来ません。

あの時代、高校生だった私には入手する方法が思いつかず「大都会じゃなきゃ入手は難しいんだな」と諦めました。

 

しかし偶然にもそのアルバムは、音楽好きの従兄弟が持っていたのです。

それが判明したのは、散々探し始めてから約15年後でした。その時は従兄弟からレコードを借り、カセット・テープに録音しました。

f:id:rikkun2mura:20200606172708j:plain

我が手中に目的のCDを入手することが出来たのは、レコードを借りてから20年ほど経ってから……曲を聴いてから約35年後の事です。ようやくネット通販でゲット出来ました。

 

好きな曲ってこう言うもんじゃないでしょうか。

 

このバンド「スカイラーク」にはあのデビット・フォスターが在籍しています。

 

 

 

幸せなことに

私は「遥かなる夏の陽」の現物を持っています。

コンポが健在な時に、既にCD化は行いましたし、今年はamazonで新しい音源も入手しました。部屋の中でも車の中でも、いつでもどこでもこの歌を聴く事が出来ます。

f:id:rikkun2mura:20200606173310j:plain

少しずつ暑くなってきた今日この頃。

 

 

今年も「遥かなる夏の陽」の季節がやって来ました。

 

それでは、今回の「私は現物持っていると、35年かけて手に入れた曲」の話はお開きと言う事で…。